読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

最近の頭の中

最近あったこと。

 

行きたかったLIVEにひょんなことで行けるようになった。

けど、行ってみたらびっくりするほど楽しめなかった。願いは叶ったけど、その願い自体が自分の満たされる感じとは違っていた。

皆が熱狂している中「あれ?念願の生演奏が聴けてすごい楽しめるはずだったのにな」と違和感を持ちながら、途中で帰りました。

理由について考えてみた。

仕事後で疲れていたこと。

ライブ前に少し嫌なことがあったこと。

そもそもライブハウスの雰囲気って基本的に好きではないこと。

一人で音楽に浸るのが好きだったこと。だから家や移動中に聴く方が案外楽しめたりする。(でも、生の良さはもちろんあって、例えば東方神起のコンサートではすごく心動かされたりするし、アマチュアのセッションを聴いた時にその時の不安が浄化されたり幸せを感じたりとかしたこともある。たまたま今回のバンドが案外好みじゃなかった、今の自分と違っただけである)

あと嫌いなものが分かった!私は何かに団体で熱狂している感じが嫌いなんだ。「〇〇県人だからこの球団が好きなのが当たり前だ」みたいな同調圧力じゃないけど。

 

私はまだまだ「普通」にしがみついてるんだなあとも。

今回で言えば「LIVE=盛り上がる=楽しめる」って思っていた。それは自分のことよりも世間のイメージを採用してるってことだなと。

 

ずっと分かっていたけど、改めて気づいたことがある。

私は一人の時間が好きだ。

そして、一人でいろいろ感じたり、内面を豊かにする時間がある「上で」、他のいわゆる盛り上がる楽しいことがしたいんだ。その基盤がないのに盛り上がることをしようとしても、なんか楽しいけど、なんか違うなあということになる。

 

幸せを感じる気持ちを思い出してみると、自転車に乗って季節を感じて自由を感じた時だったり、まあ好きな人と喋れたりとか。あと迷子になった時のわくわく感もあったり。一人旅でなんだか浸れた時とか、一人でカフェで本を読んでる時とか。それっていわゆる、定義されている分かりやすいものとは違ったりする(彼氏がいたら、とか、皆でわいわい、とか)。自分のこと、自分でみなきゃ。

 

あ、かといって「友達に会う」にもいろいろある。

私は、社会人になるまで友達と会うことが億劫でした。まあ遊べば楽しいんだけど行く気が起きない。

友達と会うことはサービスだと捉えていた。それは、友達を気持ち良くさせなくてはという無意識の使命感。なんだそりゃ。

でも、社会人になってすごい好きな人ができて、その人と会うのは楽しみだった!気持ちが軽かった!その時気づいた、友達と会うのってこんなに楽しいし力になるんだって。私軽やかな人すごい、好きだ。

 

あとあと、この前友達に会った時。

最近どう?と聞かれて、「楽しいよ!」って答えてる自分がいた。まだ、幸せって域にはいってないからもっと自分らしくなろうとは思っているけど、あ、私楽しいんじゃん!って思った。

で、そしたら「え、楽しいの!?」ってちょっと驚いた返事をもらった。単純に驚きという感じが伝わってきて、確かに同世代の友達、仕事のストレスで肌荒れとか体調不良とか(1年前は私もそうだった、発熱とか…)円形脱毛症になったりとかしてる人も多いからそれが当たり前みたいになってるけど、それは当たり前じゃないよー!

そして、最近何が楽しいかというと、すごい、大丈夫?って感じに思われるかもしれないけど、前より宇宙と仲良くなれている感じがするから!あ、これがこうなるんだ、とか。いろんなこと気持ち良いこと多いというか。宇宙に生きてるんだな!って実感するというか。もっともっと仲良くなりたい、自分の設定を知りたい、くるくる回っていって軽く軽くなっていきたいと思う。