あれこれ

ここ1ヶ月は、やっと気力が回復してきつつあって、休日に出かけることも増えてきました。

まだもやっとすっきりしない何かがありつつも、ここでいろいろ考えることは自分にとって必要なことだと思うので、このままのペースで進んでみよう。

 

 

ところで、上に書いたこととは真逆のことでもあるけど、でも、その中でも行動してみたら(もしくは何か新しいことがあったりしたら)、パッと気持ちが切り替わったりする。

最近あれこれ。

オーケストラの来年の曲が決まって、それが、自分が好きな曲だった!むしろその曲がしたいためにオーケストラに入ったくらい。あの曲の世界観をまた体感できるんだという嬉しさ^^

これを知った瞬間の、私の気持ちの変化がおもしろかったです。

嬉しくて、いろんなことへのやる気が出てきて、その時はいつもなんでやる気が出ないんだろう?と不思議になったくらい普段の物事への億劫さが消えて。少し悩んでいることも、気にならなくなって。

この方向は良いなと思ったし、やはり音楽は私の味方だ、と思いました。

 

 

もうひとつは、気づき。

最近仕事で大きめのミスをしたんですね。

その時は、原因と自分の行動傾向を踏まえ反省し、次間違えないための改善点を出しました。でも、そもそもは仕事へ対する「こんなものでいいか」という自分の姿勢が、仕事に対する自分の甘さが、ここに出てしまったなあ、そんな思いもあって、姿勢も切り替えようと、今、しています。

 

その一方で、数日たって、声をかけてくれた人がいて。

「この前失敗したんだってね。その原因は〇〇よね。つらかったね。大丈夫、分かっている人もいるからね。」という感じで。

その瞬間は、そのミスしたことも引きずっていなかったし、つらいという程のミスでもなかったので、そう言ってくれたことを意外にも思いました。それで、返事しようと喋っていたら、意外にもなんだか泣きそうになってきて「自分でも衝撃で…」とか言ってるし。

ああ、本当は心の奥では大きくショックを受けていたし、これは、自分が自分にやってあげたかったことなんだと思いました。「そうだよね、つらかったよね、でもしょうがないよ」というような受容の気持ち。私はミスばかりみて自分の気持ちは見ていなくて、「あなたはこうだから、こことここを改善すべき、これをするために次はこうして」ということしかしていなかった。仕事面ではそれは必要だけど、自分のために、その後自分でフォローを入れてほしかったんだ、自分でそんなミスした自分も受け入れたかったんだ、と思いました。

その方の、ミスをした時に私が感じたであろう気持ちを察して声をかけてくれた心遣いにも嬉しい気持ちになり、心ゆるみました。

自分の気持ちをみて、そんな自分をも受け入れるって、それってこんなにもホッとするものなんだと思いました。